10. 被告側準備書面(2)−2008年12月5日への荒井容子によるコメント全文


 ※この被告準備書面(3)では、またもや分限免職処分についての「後だし理由」の事柄が付け加えられています。 あたかも証拠となるかのような、不可解な資料を合わせて提示して、虚偽・曲解による主張をしています。 それらの事柄について正確な事実をここに紹介しておきます。
  また、以前に出されていた「後だし理由」についても被告は、この準備書面(3)の中で再度強調していますが、 その事柄がどういう性格のものであったのか、正確にご理解いただくために、それについてもここに解説しておきます。
  以下、被告側準備書面(3)について若干のコメントを記します。

  1 「第1. 2008年(平成20年)9月29日付け原告準備書面(4)に対する諾否及び反論」 のなかの「2. 同第2『分限免職を裏付ける後出し自由(PTA会報など)について分限処分を正当化 する事由として主張することの可否』について」の中で書かれていることについて


  被告は「PTA会報に関する事実は、そもそも原告が教育公務員として不適格であることの微表事実たり 得るものであるし、原告は岡崎教頭から正式名を記載するように求められたにも関わらず従わなかったので ある」と論じています。

  ここで問題とされていることは、PTA広報委員会が「PTA会報」に掲載するために教職員にアンケ−ト を行ったときに、疋田教諭がその名前を、会報の読者を楽しませようと考え、歴史的な雰囲気も入れ込んで、 「疋田Johnny入口屋卯兵衛]V哲也」先生と回答して、掲載してもらったことについてです。

  ところで、被告側が証拠書類として提出したPTA会報掲載の記事によると、このアンケ−トで尋ねられ た項目は

    「お名前 担任・副担任学級 担当教科 部活顧問 質問
    A. 中学生の頃何になりたかったですか?
    B. 今までの人生で, 一番幸せを感じたことは何ですか?
    C. 今まで一番こわい思いをしたことを何ですか?
    D. 今、宝くじ一等があたったら何につかいますか?」

 というものでした。
  PTA会員相互の親睦を 意図したのではないかと想像される、愉快な質問内容です。このようなことを考えると、疋田教諭の愉快な 回答もあながち的外れではなく、むしろPTA広報委員会メンバ−でもない岡崎教頭が「正式名を記載する ように求めた」こと自体、不思議な対応と思われます。当時、岡崎教諭がそのようなことを強く求めた のだとしたら、それ自体異常なことだったのではないでしょうか。疋田教諭は岡崎教頭が強く求めたとは 受けとめていなかったし、またPTA広報委員会も、疋田教諭の回答による名前の掲載を問題とは考えなかっ たので、掲載したのでした。

  こんなことを教員として不適格であるとする根拠にするのは、教育の「適格性」に関する、 被告側の認識のゆがみを露呈するものであると思われます。アンケ−ト、紹介記事の意図を上手にとらえて、 愉快に、柔軟に回答するのはむしろ「適格性」の表れかと思います。事実、他の先生方の多くが、 A〜Dの質問に、とても楽しい回答を寄せ、それらが掲載されています。

2 「第2. 原告の平成14年4月1日以前の問題行の存在について」として、今回さらにだされた 「後だし理由」について

  2-1

 (1)の東久留米市西中学校時代の「問題行動」とされていることは事実の歪曲・虚偽です。 被告はこれを、当時匿名でだされた文書を証拠書類として提出していますが、この文書をめぐっておきた 当時の問題の顛末は、むしろこれを機会に多くの方に、こんな陰湿な教員攻撃が当時あったこと、それを 誠実な人々が乗り越えた顛末を知ってほしいようなことです。 

  2-2

 (2)の「元素記号の語呂あわせにより暗記する方法」についてですが、 これは疋田教諭が考えついた語呂合わせではなく、当時の別の学校の教員がつくり、 市販の学習テキストにも紹介されているものです。疋田教諭は、疋田教諭が以前に授業で教えた、 別の、元素記号の覚え方が役に立ったと、卒業生からお礼の手紙をもらい、さらにその卒業生から、 進学した高校の授業で別の覚え方も教えてもらったと、紹介してもらったのが、被告が紹介している 「語呂合わせ」でした。疋田教諭は、この卒業生とのやり取りを、卒業してからも生徒たちとやりとりが あることを、楽しい話題として紹介しながら、当時の小平5中の生徒に紹介しながら、この語呂合わせも 紹介しました。

  当時、このプリントに対して、匿名の批判FAX(一人の生徒の親からということがあとからわかりま した)が一通、学校に届き、少し問題となりました。生徒は問題とされることを嫌がり、結局、この問題は収束しました。 ところが1年後にまたこの問題がぶり返され、疋田教諭はむしろこの件で、都教育委員会、そして市教育委員会から 無責任な対応をされて被害をこうむっています。被告があえてこの問題をとりあげるのであれば、むしろ、 返って、当時、被告側がいかに無責任な対応をしていかたが明確になることと思います。

3  「第3. 被告の主張−原告の主張の虚偽性について」について

  ここで、被告は、疋田教諭が東久留米市西中学校時代に、「体罰」について正確に学ぶ機会があった と、当時、東久留米市教育委員会が配布した資料を証拠として説明しています。ところで、証拠としてださ れたこの資料からは、むしろ、このような資料ではやはり、「体罰」の真の理解が難しかったことを証拠 づけるようなものです。当時の限界だったのでしょう。このような資料をもって、「体罰」認識ができて いたはずだと、今回、被告が説明していることについては、かえって、被告の「体罰」認識の甘さを浮き 上がられることになっています。

  




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更新2009/1/18