「アジア経済」掲載 書評
● 山根 学・森賀千景
『世界経済システムと西アジア−近代化と変容−』 ●
知碩書院、1998年、xii+412ページ
岡野内 正(おかのうち ただし)
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たとえば市場の隣のレストラン。水槽で泳ぐ魚貝や海老の類を注文し、料理を待つ。独特の香料で味付けされて出てきた料理はなるほどそれなりにおいしい。ただ、もっと多彩で微妙な味をもっていたはずの新鮮な食材のことを思うと、なんとも惜しい。食いしんぼの評者と共通する、そんな海外経験をおもちの方はいないだろうか。中東の経済発展という食材を用いた本書を読み終えて、評者は、途上国経済論という料理の仕方そのものについて、改めて考えこんでしまった。
古代エジプトの向こうを張ってアラブ社会主義の威光を示すアスワン・ハイ・ダム。古代メソポタミア、古代ペルシャの栄光を復活させるかのようなイラク、イランの石油化学コンビナート。かと思えばイスラム帝国時代そのままのようなバザールやスーク。モスクのまわりの物乞いたち。要塞のような入植地住宅群に囲まれたイスラエルの軍需工場。ロンドン市街の一角を占領するアラブ系銀行群、Q8のガソリンスタンド網。・・・こんな魅力的な食材の味は、本書の大部分を占める国ごとの経済発展の叙述に見え隠れする。けれども、おそらくは、どちらかと言えば、日本でいう「近経」よりは「マル経」の系譜に属すると思われる著者たちの途上国経済論のスパイス、その独特の料理法は最後まで貫かれてしまい、それがいかにも惜しいのである。
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本書は、「第1部では特に資本不足の状態にある諸国(エジプト、シリア、ヨルダン、レバノン)を取り上げ、第2部では石油収入があるものの、経済発展に行き詰まっている諸国(イラク、イラン、サウジアラビア、クウェート)を、また第3部では新たな移民によって生まれたイスラエルと、この国を取り巻く西アジアの国際関係を取り上げた」(本書ivページ、以下同様)ものである。第1〜9章には、それぞれの国の経済発展の特質を現す印象的な副題が付けられている。以下、国名と副題を紹介しておこう。「第1章エジプト;経済発展の道をめぐる模索」「第2章シリア;クーデターと国民国家の枠組みの形成」「第3章ヨルダン;君主政体の維持と経済発展」「第4章レバノン;宗派主義と15年に及ぶ内戦」「第5章イラク;石油と独裁国家」「第6章イラン;パーレビ政権とイスラム革命」「第7章サウジアラビア;種族的・宗教的伝統社会と近代化」「第8章クウェート;石油依存型の経済発展」「第9章イスラエル;移民と孤立国家における経済発展」。そして「西アジア地域における国際関係;冷戦下における西アジア」という章題をもつ第10章の5つの節は、中東戦後史の流れを示す次のような簡潔な節題を持っている。「I.冷戦とアラブ民族主義の高揚;1940,50年代」「U.アラブ民族主義の高揚と崩壊;1960年代」「V.アラブ・イスラエル紛争とイラン革命;1970年代」「W.イラン・イラク戦争とレバノン内戦;1980年代」「V.湾岸戦争をめぐるアラブ諸国の利害;1990年代」。各国編ではいずれも基本的にオスマン帝国時代の経済構造と建国の事情から筆を起こし、本書全体の副題にあるような「近代化と変容」、すなわちいわゆる「近代化」の追求が様々な形をとって現れる点に焦点を定め、基本的な政治史と経済政策を略述してパレスチナ和平協定と湾岸戦争後の状況にまで及ぶ叙述の内容についてこれ以上要約する必要はないであろう。読者はたとえば、中岡三益氏によるこの分野でのスタンダードな日本語の著作(注1)よりは国別になって第2次大戦後に焦点を定めてあるだけ詳細な叙述を見出すだろう。なお本書の叙述は、第1、2、5、6、7、10章を山根が、序章、第3、4、8、9、終章を森賀が担当し、全体の調整を山根が行った、とされている(vページ)。
地域研究や歴史学の専門家は、これらの叙述が依拠する資料に目を向け、まず脚注を見る。そして第一に、なるほど脚注はかなり細かく入っているものの、そこにも、また本文にも、研究状況や研究史への批判的な整理・検討が見られないことを見出す。そのような専門家は、この一点をもって本書が学術書の要件を欠くものとするであろう。さらに第二に、一次資料に基づくオリジナルな叙述や図表がなく、本書が基本的に英語と日本語の二次文献に依拠するものであることを見出す。その結果、本書の学術的価値は完全に否定されてしまうかもしれない。けれども「西アジア諸国の経済発展についての文献がそれほど多くない」(iiページ)日本では、これだけの範囲をカバーする本が、何かと便利なことは間違いない。それに評者の知る限り、著者たちが依拠する文献は、ますます世界の研究者の共通語となりつつある英語文献の世界では、いちおう定評あるものである。また、著者たちの学術的なねらいは、別のところにある。「本書は東アジアの発展の陰でこの間しばらく忘れ去られているか、あるいは東アジアの諸国と同じような経済政策を採れば発展するものとさえ考えられている他の途上国、特に東アジアの反対側にある中東地域に焦点を当てて、その経済発展の難しさを明らかにしようとしたものである。」(i-iiページ)すなわち、経済発展理論に向けられている。それに経済学や政治学の世界では、いわゆる現状分析の本がこのようなスタイルを採るのはむしろ通常のことなのである。もちろん、後述のように、細分化された社会科学研究の諸分野の枠を越えて研究を進展させる上で、評者はそれがいい習慣であるとは決して思っていないが。次に本書の序章と終章を見つつ、その理論的な論点について検討しよう。
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序章は「発展途上国理論の再検討;西アジアの発展と途上国の類型化」と題されている。著者たちの問題は、次のように提起される。「現在では東アジアの諸国の発展が多くの人々の注目の的になっていて、そこでみられる権威主義的な政治体制や輸出指向工業化政策などが重視され、あたかもこれらの政策を採ればすべての途上国が経済発展に成功するかのように強調されている。」(1ページ)おそらくは本書脱稿後の東アジアの経済危機以降は若干風向きが変ってきたとはいえ、このような途上国論研究の状況認識に立って、著者たちは次のように言う。「しかしすべての途上国がこうした体制や政策を採ったわけではないし、また採ることができ」たわけではない(同上)。特に著者たちは、西アジアの諸国が、「以下の諸章でみるように産油国を含めて現在経済停滞に苦しんで」おり(同上)「独立後50年以上を経ているにもかかわらず、相変わらず経済は停滞したままである」(370ページ)という現状認識をぶつける。そして言う。「急速な経済発展をしている途上国とそうでない途上国とが実際に存在し、その格差がますます拡大しているという現実をみるとき、同じ途上国ではあっても両者は異なったタイプのものとして類型化できるかどうか、また両者の間にはどのような構造的差異が存在し、どのような政策上の違いがあるのかという問題が改めて提起されねばならない。」(1ページ)平たく言えば、東アジアはうまくやったのに、西アジアはなぜだめなのか、というのが著者たちの問題である。
この問題は、次のような手順と論理によって解かれていく。
@ 「代表的な途上国論」すなわち、「フランクの従属論」、「ウォーラーステインの世界システム論」、「アミンの社会構成体論」、尾崎彦朔の「国家資本主義論」、カルロス・オミナミの「レギュラシオン理論」の検討(序章第I節)。結論として、いずれの理論も西アジアを対象に類型化するには不十分とされる(12、403ページ)。
A 「西アジア諸国の類型化を行う手がかりを捜す」(22ページ)ためのエジプト、イラク、シリア、イスラエルの自由化政策の検討(序章第U節)。結論として、自由化という「経済政策の一側面」のみでなく、「個々の国家に共通する経済発展の障害を探り出す」べく、より多くの諸国の「経済の展開過程をみていく」(23ページ)必要を強調。
B 西アジア諸国の経済発展の分析(第1〜10章)。そこでは、各国の経済発展の歴史的過程(「近代化」と表現される)が分析され、先述のような簡潔な副題で特徴づけられ、資本不足の国、石油収入のある国、「極めて例外的な」移民国家という大分類によって、事実上の西アジア諸国の類型化が行われている。
C 「先進国の国民経済」が、「資本、技術、労働力、市場という<発展の4条件>」(369ページ)をどのようにして整えていったか、とくに「先発工業国にたいしてラグをつけられた後発諸国が<発展の4条件>を確保するためにどのような手段・方法を利用」(370ページ)したかの検討。「工業化の第1世代」とされるイギリスから、第2世代のアメリカ・ドイツ、第3世代の日本・ロシアまでを対象に分析(終章第I節)。結論として、A)国民経済の形成には、<発展の4条件>が必要、B)その4条件の内のいくつかは外部に求めることが一般的、C)後発国の場合、ラグを縮めるために国家の役割が重要、とされる(375-376ページ)。(注2)
D Cの論点を東アジアを対象として検討。結論として、「アジアNIESをはじめとする東アジア諸国は、まず政治を安定させ、資本主義世界体制の動向に適合させるように自らの内的条件を整備し、それによって資本、技術、労働、市場などの外的条件を内部に取り込んで工業化を成功させた」(385ページ)とされ、<発展の4条件>に、「国家の役割」とりわけ「工業化政策」と「政権の安定」という2条件が追加される(終章第U節)。
E Dの論点を西アジア諸国を対象に検討(終章V節1、2)。結論として、西アジアの場合は、「<発展の4条件>を成熟させつつあるというようには捉えられない」(394ページ)。その理由は、「経済発展の前提となる政治の安定を維持するという役割が、国家によって十分に果たされてこなかった」(398ページ)ためであるとされる。
F 「東アジアでは開発体制によって政治、政権を安定させることができたのにたいして、なぜ西アジアでは政治の安定を確保することができなかったのだろうか」(398ページ)という問題の検討(終章V節3)。結論として、「最大の要因」としてパレスチナ問題によってアラブ民族主義が刺激され、西アジアの「地域全体が左傾化」(400ページ)したことによって「冷戦体制の中でアメリカと対立したことが経済発展を阻害し、この経済的停滞によってそれぞれの政権が強権的に政治を安定させる正当性すら奪われ、結局政治の不安定と経済の低迷という悪循環に陥ってしまった」(401ページ)こと。さらに「政治や経済が不安定であるもう一つの大きな要因として」「西アジア諸国の国境が、第1次世界大戦後に西側列強によって線引きされた」ため、「エジプトを例外として、それぞれの国家の枠組みの形成が遅々として進まなかったこと」が指摘される(同上)。
著者たちは、以上の議論によって、「今日の途上諸国の多様性と類型化を一層明らかにすることができるヒント・・・として、<発展の4条件>や政策や政治の安定性を挙げることができ、途上国をおおまかに分類できたと考えている」(404ページ)という。「なぜなら、東アジアの場合は、内的要因を整備し、輸出志向工業化政策を採用することによって外的要因を上手く利用し、一定の経済発展に成功したと考えられる諸国であるのにたいして、西アジアの場合は、内的、地域的要因である政治の不安定性(地域的要因⇔一国的要因)によって外的要因(国際的要因)である外資などを引き込むことができず、経済の停滞が続いている諸国として考えられるため、明らかに東アジアとは異なった構造をもつ地域として位置づけることができるからである。」(同上)
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評者は、はたと考え込んでしまう。なるほど、@〜Fはそれなりに筋が通っており、植民地時代以来ずっとパレスチナ問題を抱えてきた西アジアの歴史的現実をよくとらえている。西アジアが東アジアなみに経済発展しなかったのはなぜか。パレスチナ問題があったから。煎じ詰めるとこのようになる本書の論理は、この地域の人々の多くに共有される激しい反イスラエル・アメリカ感情と、反植民地主義運動の歴史を知るものにとっては、思わず納得してしまう端的な真実である。本書の各国編の叙述はそのような歴史的事情をかなりの程度伝えている。それにもかかわらず、社会科学的な分析としてのその論理展開には、次の5点にわたる疑問を抱かざるをえない。
第一に、東アジアと西アジアとの「構造的差異」は、「政治の不安定性によって外資などを引き込むことができなかった」こと、すなわち、政治的要因だけであろうか。経済的なちがいはないのであろうか。発展の4条件として挙げられた、資本、技術、労働力、市場の各項目にそった、いわば経済内的な要因のみによって、とりあえず各国の構造的差異を描くことはできないのであろうか(注3)、さもなければ、先進国、東アジア、西アジアの各国にわたってこの4条件を検討するという作業(本書終章の表1、2、3参照)は、無意味なものになってしまう。この4条件を内部化する政策と政治の安定の有無こそが東アジアと西アジアとの差異だというのは、結果論としては正しいとしても、経済分析としては、いわばその途中の式(あるいは中間項)の差異こそが重要ではあるまいか。それは歴史的・外的条件が変化した場合の経済政策の立案にとっては、とりわけ重要なものとなるはずである(たとえばパレスチナ和平後の経済政策など)。
また、<発展の4条件>を外部から取り入れる政策とそれを支える安定した政治さえあれば経済発展は可能だとするのであれば、およそ経済的な要因で発展困難な国などありえないことになり、そのような議論は、著者たちが批判的に見ていた「東アジアの諸国・・・でみられる権威主義的な政治体制や輸出指向工業化政策など・・・を採ればすべての途上国が経済発展に成功するかのように強調」(1ページ)する議論と結局同じになってしまうのではあるまいか。
第二に、東アジアの場合の<発展の4条件>の内部化を可能にし、西アジアの場合に不可能にしたのが、「外部」の存在、「外的要因」だとすれば、むしろ途上国の発展に関して拒否権をもつ決定的条件であるのは外的要因すなわちアメリカなど先進国の動向ということにならないだろうか。とすれば、著者たちのいう工業化第4世代すなわちアジアNIES以降は、途上国の発展の条件の筆頭に掲げるべきは、東アジアの場合も含めて、アメリカなどの先進国側の政治的・経済的な動向・政策ということになる。パレスチナ問題という優れて外的な要素の大きい問題が西アジアの停滞を究極的に決定したという著者たちの結論は、事実上、この外的要因の大きさを指摘するものではあるまいか。また「世界経済システムと西アジア」という本書の題名も、外的要因の重要性に関する著者たちの感受性を示唆している。とはいえ、世界経済システムに関するシステム分析は、西アジア局面に限ってみても本書には見当たらず、先述のような西アジアの国際関係史に関する概説が収録されているだけなのであるが。
ところで、途上国の問題を究極的には外的要因から説明するこのような議論は、著者たちによって東アジアの発展を説明しえぬ理論として批判された、従属論から世界システム論に至る議論の視角に他ならない。すなわち、著者たちは、出発点では内的要素の重要性を強調しながら、結論的には、事実上、外的要素の究極的な重要性を強調する従属論と同様の結果に終わっていると言わざるをえない。
第三に、それにもかかわらず、個々の国々の多様性を規定する要因を解明して途上国の類型化をめざすのであれば、著者たちの理論的作業として必要なのは、「外的、内的要因の接合などといった大それた理論を構築しようとした試み」(404ページ)ではなかっただろうか。オスマン帝国にとりわけの関心を示すウォラーステインらの研究グループ(注4)や、エジプト論の処女作以来アフリカと並んで中東・アラブ諸国をその実証分析の対象として多くの著作を著わしてきたアミン(注5)らの理論は、西アジアをフィールドにしつつ、初期フランクの外的要因のみを一方的に強調する単純な従属論を修正して「外的、内的要因の接合」を試みるものではなかったであろうか。著者たちも第8章のクウェート論で言及しているベブラーウィーらの「レンティア国家論」(297ページ)も、ある意味でそのような試みと言える。さらに中東研究以外の領域でも、たとえば国際関係論や歴史社会学あるいは比較社会学の領域では、たとえばマイケル・マンのように、マルクスとウェーバーの議論を踏まえてそれを越えるスケールで原始時代以来の歴史を対象に「外」と「内」といった説明要因の対立を理論的に止揚しようとする、はるかに「大それた」研究さえ現れている(注6)。ある意味では欧米よりもはるかに深いマルクスやウェーバー研究の歴史をもつ日本の研究者は、もちろん世界の先行研究の成果を踏まえながらも、もっと大胆な理論構築の試みをやるべきではなかろうか。これは重箱の隅をつつく実証研究にばかり安住して、大胆な理論展開を怠ってきた評者自身への自己批判もこめて言うのだが。
第四に、評者は、最近、環境問題や「人権と開発」問題に関する仕事に関わったためか、東アジアは発展したのに、なぜ西アジアはだめなのか、という著者たちの問題設定に違和感を覚え、その射程の限界を指摘せざるをえない。言うまでもなく、東アジアは発展に成功したという把握では、それに伴った労働問題、都市問題、ジェンダーの問題を含む人権問題、環境問題(東アジアの発展によって深刻化してきた地球環境問題を含めて)などの一連の社会問題への視点は抜け落ち、西アジアの発展においても同じ問題を再生産させる処方箋を出すという政策的帰結をもたらすことになる。著者たちは、西アジア諸国が、経済停滞によって苦しんでいるというが、評者には、西アジアの人々は、急速な経済発展による上記一連の社会問題によって苦しんいるように見えるのである(注7)。
第五に、そのようにみてくると、著者たちの国民国家・国民経済に対するあまりに民族主義的といいたくなるこだわりにも疑問がわいてくる。社会主義体制の過大評価と非資本主義発展の道を展望するという難点にもかかわらず、「政治的独立の達成によって世界資本主義の連鎖の中に一つの経済主体として位置づけられた途上国が、周辺的地位を脱却するために国家を中心として自立的国民経済の建設を行わねばならない」(9ページ)点を指摘したものとして、尾崎氏の国家資本主義論を評価する著者たちは、東アジアの発展については、「自律的国民経済の新しいモデルを示しているのではないか」(386ページ)として、次のように言う。
「たとえばシンガポールは、外資依存型発展の例として頻繁に取り上げられているが、岩崎氏によれば・・・同国の政治過程に外資系企業や外国政治勢力が影響を及ぼす、あるいは決定を下すという構造にはなっていない。・・・この点を重視するならば、東アジアの発展は・・・資本、技術、労働力、市場、政策、政権の安定という6つの条件の内、前3条件を外部に依存したものであり、きわめて他律的で不安定な側面をもつものであることはいうまでもない(が;評者挿入)、・・・世界を視野に入れた多国籍企業の激烈な競争と支配欲の中で、世界経済がグローバル化され、資本、技術、労働力が国境を自由に越えるという状況下で、途上国が急速な経済発展と国民経済を形成するために、唯一の残された自律的な方法であったといえるのではなかろうか。」(386-388ページ)
いささか悲痛な調子は、おそらく先進国型の民族自決=国民国家の独立=「自立的国民経済」の形成というモデルを念頭において理想化し、「自律的国民経済の新しいモデル」を組み立てたせいではあるまいか。けれども、「きわめて他律的で不安定な側面をもつ」外部への依存を求めるのが「自律的な方法」だというのは、ほとんど背理であって、形容矛盾を避けるためには「自発的従属」と表現するのが論理的に正しい。さらに言えば、このモデルの追求は、東アジアの場合にはほとんど例外なく、シンガポールの場合も含めて、市民的・政治的な基本権を制限する独裁政権によって、「自発的に」決定されたことも忘れられてはなるまい。
西欧近代の先進国における国民国家成立を頂点として、諸民族の形成・発展・自立という観点から歴史を見る見方を民族主義史観と呼ぶことにしよう。この見方は、近代的民族の形成・統一過程の障害として先住民や少数民族の存在、地域的コミュニティの多様性を見がちである。それは諸民族の生存競争という世界史の見方につながり、植民地領有を正当化しがちであり、人権よりも民族国家の防衛を重視し、そのため軍備縮小を展望することが困難になる。途上国の政治的独立=国民国家建設から経済的独立=国民経済建設へという方向で民族自決をイメージするとき、我々は、西欧近代の国民国家を理想化するこのような民族主義史観の罠にはまってしまうのではあるまいか。
「国境が第1次世界大戦後に西側列強によって線引きされた」ことにより「国家の枠組みの形成が遅々として進まなかった」(401ページ)西アジアの場合に、国家よりはむしろ社会(あるいは市民社会)に分析の焦点を当てて、このような民族主義史観を相対化することは、むしろ容易なのではあるまいか。便宜的に分析の単位として中東諸国の枠組みを使うのはいいとしても、分析の焦点は、むしろその国家を動かす社会的権力、社会勢力のほうに合わせることはできないだろうか。どうせ「<擬制された国民経済>しかもっていない」(viページ)ていどの国民国家であるならば、「資本、技術、労働力、市場」などの要素の独自の組み合わせによって経済の領域から形成される社会的権力の様相をもとに、大戦後の中東諸国体制を乗り越える人権保障システムを展望することはできないであろうか(注8)。社会科学を国家官僚の実践のための政策学としてしまわず、グローバルな社会を構成しつつある人類全体の実践的な自己反省と相互コミュニケーションの手段として発展させるためにも、「国家」から「社会」への焦点の移動は不可欠なのではあるまいか(注9)。
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以上、いちおう書評の手順は踏みながらも、本書を貫く、おそらくは日本の途上国経済論にかなりの程度共通するであろう基本的発想と方法について、本書に触発されて考えたことを述べてみた。それは評者のように、ろくなスパイスも料理もなしに生の食材をかじって喜んでいた自称グルメにとっては、料理法について深く考え直してみる契機となったと思う。もしかするとそれは怠惰な研究者を刺激して論争の活発化を求める著者たちの料理法の、巧まざる後味の残し方だったのかもしれぬ。